梅花講の新年会はあんこう鍋
1月22日(木)龍泰院梅花講の練習のあと、新年会を開催しました。
みんなで茨城名産のあんこう鍋をいただき、
手打ちうどんでお腹いっぱいです。
1月4日月例坐禅会開催しました。
午前6時、外はマイナス6℃の冷え込みの中、17名参加されました。
平成26年、皆勤賞の方の表彰
精勤賞と、今日出席された方の参加賞もお渡ししました。
次回は、2月1日(日)午前6時からです。
羊のように穏やかに
平成二十七年乙未の年が明けました。「羊」は喜びとか幸いを意味する「祥」に通じます。「善」という字にも、「美」という字にも羊がつきます。その意味でも、実にめでたい新年であります。
さて、地元の景勝地「袋田の滝と生瀬滝」が国の名勝に指定されることになりました。日本三名瀑の一つ袋田の滝が、今まで、国の名勝に指定されてなかったことの方が不思議な感じですが、文部科学省が厳しく査定する名勝指定については、大子町役場の町づくり課や大子町教育委員会生涯学習課の担当者が大変なご苦労を重ねてここまでこぎつけたのです。ミヤマスカシユリやフクロダガヤ、シロヤシオなどが自生するこの自然環境を守っていきたいという思いを新たにしました。
この冬は、いきなり厳しい寒さとなりましたが、みなさまのご健勝とご多幸をご祈念申し上げ、新年のご挨拶とさせて頂きます。凍結した袋田の滝や久慈川を流れるシガも、他の地域にはない珍しい自然現象です。また、雪が降ると、袋田の滝付近の山並みは、山水画のような景色になります。山と川が美しい袋田、今年も皆さんにお伝えしていきたいと思います。
12月18日の朝、境内もうっすらと雪化粧しました。
今朝は、道路も凍結していてツルツルでした。
12月の月例坐禅会無事終了
12月7日(日)氷点下5℃という今季一番の冷え込みとなった中、
20名が本堂で座りました。
今年は、皆勤賞が7名も!
次回は、1月4日、第一日曜日、朝6時からです。
水郡線をSLが走ります
水郡線全線開通80周年を記念して、SL C6120が走ります。
↑ 下津原から駅前へ久慈川を渡るSL(12月2日の試運転)
試運転は11月27・28・29 12月1・2日。
本運転は、12月5・6・7日です。
12月の月例坐禅会
今年最後の月例坐禅会は12月7日、朝6時からです。
その日は、水郡線常陸大子~水戸間のSL運行もあります。
大子町は横山大観ゆかりの地です
今年も師走を迎え一年のまとめの時期となりました。横山大観が大子で生まれたのかどうか、大観ゆかりの、それぞれの場所に行って詳細に調査した人が書いた資料を読むことができました。その資料によると、大子で生まれたということを証明する資料は見つからなかったものの、否定する資料もないので、はっきりしないということでありました。また、大洗から大子へ移住し、水戸に戻ったという資料は、著者が大子にいた時期を特定できずに、大洗と水戸の間に入れたようですが、それについては否定的でした。というのも、水戸へ戻った横山大観の一家は、水戸の学校に通ったもの、間もなく東京へ移住してしまい、詳しい証言が得られなかったというのです。大子生誕説の元になっているのは、朝日新聞に掲載された本人の証言であり、その時取材した記者などにも証言を取りたかったが会うことができなかったそうです。
しかし、当時の時代背景をみると、大子は、天狗党も諸生派もいるが、血縁関係があって、お互いを攻め合うような状態ではなく、天狗党の残党が諸生狩りをしている当時の水戸から比べるとはるかに安全な場所であったのでしょう。身重の大観の母親が、知人を頼って大子で子を産もうとしたのもうなずけます。そして、水戸を逃げ出して大子で生んだということは、武士の面目からも言いたくない話であったというのも理解できます。晩年になって、母から聞いていた自分の出生の秘密を記者に語ったというのが自然だと思うのですが・・・。
いずれにしても、本人が晩年に語っているので、大子町で生まれた可能性は高いと思います。もし、水戸で生まれたあと大子へ移住して来たとしても、大子町が大観ゆかりの地であることに変わりはないのです。
さて、龍泰院のホームページをリニューアルしました。スマートフォンやタブレットなどでも見やすいようにしました。新しい年が間もなくやってきます。新しい年も龍泰院のウェブ・サイトを宜しくお願い致します。
さくらんぼ学童クラブ坐禅体験
11月13日、水戸からさくらんぼ学童クラブ一行90名が龍泰院で坐禅をしていきました。
二班に分けて、徒弟の光尚と二人で指導しました。
そのあと、こどもたちは、おやき学校へと向かい、秋の奥久慈大子で過ごしました。
大館とのご縁、そして、横山大観の出生地の秘話
大館市は、常陸から移封された佐竹氏の一族が、居城としていたので、茨城とは何かと御縁があります。そして、大館は、梅花を通じていろいろな御縁を感じる場所でもあります。
平成15年6月の法話で書かせて頂きましたが、梅花流特派師範として初めての公務が、実は、この大館市にある樹海ドームでの全国大会のスタッフ業務でした。
また、昭和63年に特派師範として茨城を巡回された佐藤廣俊先生は大館市にある本宮寺の住職でした。大子の町に宿泊された佐藤先生と、食事の後、宿の近くのスナックで、いろいろなお話をさせていただきました。巡回最後の夜ということもあり、リラックスされ、御自坊に電話を掛けられ、子供さんとお話している様子でした。佐藤先生は、現役特派在任中に病気で亡くなられましたが、その時、まだ子供さんは小さく、大変だったと思います。
今回、教育委員の視察で大館市立南小学校を訪ねた時、学区の地図の中に本宮という地名をみつけました。佐藤先生の御子息が立派に本宮寺の後を継がれ、地域社会で活躍されている様子を校長先生からお伺いすることができました。また、秋田の僧侶仲間からも、若手僧侶として、被災地の支援などに活躍している事を教えて頂きました。ハチ公の生家が、佐藤先生のお寺から近いことをお聞きしていたので、学区内見学として、思いもかけず、忠犬ハチ公の生まれた家を見学させていただくことができま御縁を感じた次第です。
さて、前記事で予告した横山大観の出生地の件ですが、大子の地で産声を上げていた証拠を目にすることができました。昭和33年2月27日発行の朝日新聞茨城版で
「この年の夏から秋にかけて、水戸藩では天狗派と諸生派が争い、城下には、銃弾が飛ぶという騒ぎ、それで、母は難を避けて、袋田の滝の近くの大子の竹林の中で、私を産み落とした」
と、語っているのが掲載されています。
水戸の酒井家で生まれたされた、横山大観が実は大子で生まれていたという秘話については、時代背景などを来月の法話でまとめてみたいと思います。
茨城県檀信徒大会
10月29日、土浦市民会館大ホールにおいて茨城県宗務所檀信徒大会が開催され、
護持会役員と龍泰院梅花講員が参加しました。
第二教区合同登壇奉詠で「まごころに生きる」を奉詠しました
大館市に学ぶ地域キャリア教育
茨城が生んだ日本を代表する画家横山大観について、ここ数回にわたってふれてきましたが、水戸生まれとされる大観が、実は大子の地で産声を上げていたという情報が寄せられました。もし本当ならすごいことなので、さらに調査して来月にでもご報告したいと思います。
平成22年の6月に教育委員に就任し、残任期間を務めたあと、その年の9月から4年間務めました。平成26年の9月に再任されたので、さらに4年間の任期を務める事になりました。来年4月には、教育委員会の制度が変わります。特に教育長の立場や人事権など大きく変わるかと思いますが、児童・生徒の事を第一に考えて任務を果たして行きたいと思っています。
さて、8月に教育委員の視察で、秋田県大館市に行って、小学校と中学校を視察してきました。秋田県の大館市・角館市は、秋田へ転封された佐竹氏の一族が住した街です。全国学力テストでトップの秋田県の中でも、学力が高い地域でもあります。
大館市では、地域キャリア教育という旗印を掲げ、郷土についての勉強をし、地域の役に立てる人材に育てるということも視野に入れて教育しています。大子町もそうなのですが、熱心に教育をしても、優秀な人材は地元に残らず、外に出て行ってしまうというジレンマがあります。そういう意味からも大館市の教育は参考になります。
また、通学時の安全確保も重要な課題です。大子町では、この度、小学校に登下校する際に着用する通学ヘルメットを導入しました。近年、特に小学生が巻き込まれる傷ましい事故が多発しています。子育てに力を入れている大子町は児童の命を守るため、できることは実行していこうという姿勢で臨んでいます。
大館市は、忠犬ハチ公の生まれた町でもあります。そこで、また、御縁を感じる出来事がありました。その辺も含めて、詳しいことは来月綴っていこうと思います。