月々の法話

月々の法話

華は愛惜に散り、草は・・


 5月は、各種団体の総会があったり、大阪での梅花流全国大会に参加したり、「春は花」という言葉の考察をする時間もないほど、慌しく過ぎていきました。時折、ガビチョウのけたたましい鳴声が響いてきますが、奥久慈憩いの森の探鳥会でキビタキに会えたり、袋田の滝でオオルリを見つけ、良い感じの写真が撮れたりしました。

 さて、「春は花」ということですが、百花の春の様相を示していた境内も、ちょうど、端境期となり、一気に咲いている花の種類が少なくなりました。野に咲くアザミとアヤメの紫と、ヒメジオン白い花が風に舞うぐらいです。「正法眼蔵」を読んでいるといろいろな花が出てきます。梅華の巻、空華の巻、優曇華の巻など、花の名前を題にした巻があり、その他、いろいろな場面で様々な花が登場してきます。大学の頃、先輩に「華は愛惜に散り、草は棄嫌におふるのみなり」という言葉を教えていただき、それが、とても印象深く残っています。正法眼蔵の現成公案の巻の初めの部分に出てくる言葉ですが、これを、道元禅師の戒めと思い、花が散った後の花木の手入を行い、あっという間に伸びる草と戦う毎日です。悟りを修行の結果とせず、修行してるところに悟りが現れるという道元禅師の修証不二の教えをかみしめながら・・・
 鳥の鳴声にふと見上げると、緑を深くした桜の樹の上のほうで、境内に設置した巣箱から巣立ったシジュウカラたちが「ツツピー・ツツピー」と賑やかにさえずっていました。

2010-06-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

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